「体に良いもの」を食べているのに、なぜか不健康そうな人の決定的な共通点
日々の生活の中で、私たちは驚くほどたくさんの「選択」をしています。 なかでも、一日に何度も訪れる「食べる」という選択。
今日の食事を選ぶとき、どんなふうに考えて選んだでしょうか。
「最近野菜がたりないから、これを食べなきゃ」
「これは添加物が入っているから、避けないと……」
「健康のためには、こっちの方が正解だよね」
そんなふうに、自分を律しながら一生懸命に「正しさ」を探していませんか?
真面目で、自分を良くしていきたいという向上心がある方ほど、世の中に溢れる「食べてはいけないものリスト」を忠実にお守りになろうとされます。
でも、ここで一度立ち止まって、自分に問いかけてみてほしいのです。
「その食べ物を避けるとき、心はワクワクしていますか?それとも、『恐怖』で選んでいますか?」
「正しさ」が体を疲れさせている理由
食の専門家としてお伝えしたいのは、「これは体に悪い」という強い否定の気持ちを持って食べることこそが、最大のストレスになり得るということです。
生理学的な視点で見ると、脳が「これは敵だ(悪いものだ)」と認識しながら口に運ぶとき、私たちの自律神経は一気に緊張状態(交感神経優位)になります。 すると、胃腸の動きは止まり、消化液の分泌もグンと落ちてしまうのです。
どんなに世間で「正しい」とされる選択をしていても、心が恐怖や義務感でいっぱいなら、体はその栄養をうまく受け取ることができません。 これでは、せっかくの努力が報われないどころか、かえって体を疲れさせてしまうのです。
主導権を「情報」から「自分」に取り戻す
世の中にある「良い・悪い」という評価は、あくまで一面的なものに過ぎません。 万人に当てはまる絶対的な悪なんて、じつは存在しないのです。
季節や、その日の体調、心の疲れ具合によって、体が必要とするものは刻一刻と変わります。 それなのに、外側の「情報」というルールに自分を無理やり合わせようとすると、いつの間にか主導権を食べ物に渡して、自分自身が置き去りになってしまうのです。
大切なのは、「食べ物が良いか悪いか」をジャッジすることではありません。 「今の自分は、どう感じているか?」 という、自分軸の「観察」に意識を戻すことです。
誰かの労働と命に、感謝を向ける
もう一つ、大切なことがあります。 現在、日本で私たちの手元に届く食べ物の背景には、それを作った人の労働があり、運んだ人の時間があり、そして何より、尊い命の犠牲があります。
それらを人間が勝手に「これは良い」「これはダメだ」とジャッジし、切り捨てる在り方は、少し傲慢であり、感謝に欠ける心の在り様ではないでしょうか。
「良い・悪い」という二元論の世界から一歩抜け出して、目の前のものを「私の命を繋いでくれる存在」として受け入れる。 その謙虚で温かな心の状態こそが、自律神経を整え、本来の健やかさを引き出す一番の近道なのです。
まずは「味わう」ことから始めませんか?
もし今、食の情報に振り回されてモヤモヤしているなら……。 次の食事では、一度「良い・悪い」という思考をお休みさせてみてください。
「あ、今私はこれをおいしいと感じている」
「丁寧に噛むと、こんなに甘みがあるんだ」
そんなふうに、自分自身の感覚を丁寧に拾い上げてみてください。 自分を「観察」し、目の前の命を「感謝」していただく。 この小さな積み重ねが、あなたの土台を整える何よりのメンテナンスになります。
こうした、情報に振り回されない「食べ物との付き合い方」や、自分自身の感覚を研ぎ澄ます「向き合い方」については、こちらのメールマガジンでさらに詳しく、日々お届けしています。
日々の食卓が、あなたにとって心安らぐ、健やかな時間になりますように。 そのためのヒントを、これからも大切に綴っていきますね。

